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違う意味でアメージング!〜「アメイジング・スパイダーマン」を鑑賞する [映画鑑賞]

今夏は、アメコミ映画が続々公開ってことで、非常に嬉しい限り(^皿^)♪。
もちろん、オイラ的大本命は「ダークナイト・ライジング」な訳ですが、
その前にまず、新生スパイダーマンの活躍を見ておかねば!という訳で、
話題作「アメイジング・スパイダーマン」を見てきました!。
 
「アメイジング・スパイダーマン」(原題:THE AMAZING SPIDER-MAN」
  2012年アメリカ映画 カラー 136分
  監督:マーク・ウェブ(「500日のサマー」)
  原案:スタン・リー
  音楽:ジェームズ・ホーナー
  出演:アンドリュー・ガーフィールド(ピーター・パーカー/スパイダーマン)
     エマ・ストーン(グエン・ステイシー/ピーターの同級生)
     リース・イーヴァンス(カーティス・コナーズ博士)
     デニス・リアリー(ジョージ・ステイシー警部/グエンの父親)
     キャンベル・スコット(リチャード・パーカー/ピーターの父親)
     イルファン・カーン(ラーサ博士/オズ・コープ社の重役)
     マーティン・シーン(ベン伯父さん)
     サリー・フィールド(メイ伯母さん)
     他
 
【あらすじ】
幼い頃、両親が謎の失踪をとげた過去を持つピーター・パーカー(アンドリュー・ガーフィールド)は現在高校生。優しい伯父夫婦のもとで成長したピーターだったが、その心にはいつも両親への強い思いがあった。ある日のこと、ピーターは地下室で父のものと思われるバッグを発見する。それは父リチャード(キャンベル・スコット)が失踪当日に所持していたものだった。バッグの中には謎の数式が書かれた書類と、父の同僚で優秀な片腕の科学者カート・コナーズ博士(リース・イーヴァンス)の写真があった。両親の失踪について博士が何かを知っているかもしれないと考えたピーターは、博士が勤めるオズ・コープ社を訪れる。博士の研究室ではクラスメイトのグエン・ステーシー(エマ・ストーン)がインターンとして働いていた。身分を偽りオズ・コープ社へと潜入したピーターだったが、とある一室で一匹のクモに噛まれてしまう。それはオズ・コープ社が社運をかけて開発していた特別な蜘蛛だった。
やがて、ピーターの身体にはある異変が起き始める....!
 
 
監督は「500日のサマー」が好評だった、マーク・ウェブ。
「キック・アス」のマシュー・ボーンといい、
最近はこのパターン(小作品をヒットさせる→大作の監督に抜擢!)が多いですね。
サム・ライミ監督の「スパイダーマン3」の公開が2007年だったから、わずか5年でのリブート(再起動)にライミのシリーズファンとしては「いくらなんでも早すぎだよ!」との思いが強かった訳ですが....。
今回「アメイジング〜」の製作決定を聞いた時、「はは〜ん、コレはバットマンと同じことをやろうとしてるな」と思ったのは、オイラだけではなかったはずです。かつてティム・バートン監督やジョエル・シューマッカー監督がバットマンの世界をコミック調で描いたのに対して、新たなシリーズを監督することになったクリストファー・ノーラン監督は、徹底したリアリズムを追求して作品を見事にリブート(再起動)させました。
どうやら、それと同じ手法を「スパイダーマン」でもやろうという訳です。
果たして、その試みは成功したでしょうか?。
 
結論からいうと、マーク・ウェブ監督の演出は、なかなか好印象でした。
全体的にとても丁寧に作品を語っていたように思います。例えば、ピーターがスパイダーマンになっていく過程を、今作ではかなり懇切丁寧に描いています。「別にそこまでしなくてもいいよ」と見ているこちらが思うくらいの親切な語り口。それでいてダレることのない演出は、さすがだなと感じました。中でもピーターがスケボーをやりながら、徐々にスパイダーマンとしての身体的能力を身に付けていくくだりは、なかなか素敵な映像となっていました。
 
「アメコミ映画完全ガイド」(洋泉社)内でも、杉山すぴ豊さんが仰っていましたが、今回のスパイダーマンはいわゆる“見得(みえ)”のポーズが抜群にかっこいいです。ウェブ・アクションで振り子の動作をする際、次のクモの糸を発射する時、一瞬スパイダーマンが空中で無重力になる場面があるのですが、その瞬間のポージングが実に美しい!。例えるなら、スノーボードのハーフパイプでボーダーが空中でアクションをキメる場面と似ています。なるほど、ピーターはスケボーをやりながらスパイダーマンアクションを身に付けていく訳で、すごく道理に叶っていたなと。
 
さて、今回ピーターの前に立ちはだかる怪人は、トカゲ人間リザードです。
リザードへと変身するカート・コナーズは、サム・ライミ監督の前シリーズにもちらりと登場していただけに、満を持しての登場となります。そのカート・コナーズ博士ですが、このテの映画にありがちなマッド・サイエンティストではなく、高い倫理観を持った科学者として描かれていたのも好印象でした(それだけに、後半突然NY市民をトカゲに変えてやる!みたいな展開になったのが残念でした)。当初公開されたリザードの画像を見た時は、その微妙なデザインに一抹の不安を感じた訳ですが、実際に動いている映像は思ったより悪くありませんでした。
(リザードに関しては、改めて別記事を立てる予定!)
 
ピーターとグエンの恋愛模様は正直コテコテのメロドラマで、見ているこちら側が赤面してしまうほどのこっ恥ずかしい展開でしたが、青春ものとしては決して間違ってはいなかったと思います。エマ・ストーン演じるグエンはぶっちゃけインテリジェンスを感じさせるキャラクターとは言えませんでしたが、ミニスカート&ニーソックスは、なかなかに魅力的でした(アレは絶対確信犯!)。
 
と言う訳で、ドラマ的にも映像的にも、
なかなか見応えがあった今回の「アメイジング・スパイダーマン」。
本来ならば、当然作品自体を気に入って然るべきところですが....
実はそう簡単にはいきません。
唐突ですが、オイラはここではっきりと断言させていただきます。
 
今作「アメイジング・スパイダーマン」は、最低の作品でした!
 
意外に思われるかもしれませんが、実際にそうなのです。
マーク・ウェブ監督の演出はそれなりに素晴らしかったですし、キャスト陣もなかなかに魅力的でした。それなのに、なぜこの作品が最低なのでしょう?。
その大きな理由が、今作でのピーター・パーカーの描き方にあります。
では、その点をじっくり検証していきましょう。
 
【ビジュアルについて】
今作のピーター・パーカーは、長身のイケメンです。勉強もそれなりに出来ますし、スケボーを乗り回す点から見ても、決して運動神経が悪い訳ではありません。悪友フラッシュにちょっかいを出されたりしますが、かといっていじめられっ子という訳でもありません(その証拠にピーターはフラッシュに対して、いじめはやめろみたいな発言を面と向かって言える強さがある。そもそも180センチもある長身のピーターは、見た目からしていじめられっ子には見えない)。おしゃれなケータイを持ってる点やスパイダーマンの衣装を簡単に手に入れられる点から見ても、お金に困ってる風でもありません。
という訳で、今作のピーター・パーカーは、いわゆる原作のイメージとはかなりかけはなれた人物像となっていました。元々スパイダーマンが“親愛なる隣人”なのは、どこにでもいるさえない普通の男子が特殊能力を持ってヒーローになるという部分に、多くのファン(それもまた普通の人たち)が共感を覚えたのです。しかし、イケメン(美男子)という世の中にはごく限られた人間が特殊能力を得てスーパーヒーローへとなることに、果たして同性が共感を覚えるでしょうか?。
この作品は男性よりも女性の観客を意識して作られていることは、まず間違いないでしょう。
 
【人間性について】
今回のピーター・パーカーは、驚くべきことに映画が始まって早々グエンと恋仲になります。サム・ライミ版ピーターのように女性に奥手という訳ではありません。でも、今作のピーターは先述したようにイケメンなのだからこれも仕方ありません。それだけだったらまだ許せたのです。ところが、なんとこ今作のピーター・パーカー、自分がスパイダーマンであることを、あっさりとグエンに告白してしまうのです!。下世話な言い方をするならば、自分がスパイダーマンであることを、自分の恋愛にちゃっかり利用しちゃうのです。確かに現代っ子的と言えば、そうなのかもしれません。しかしながら、やはりその恋愛行動を優先させるピーターの姿には、共感が覚えにくいものがありました。
 
【ヒーローとしての責任放棄!】
映画のクライマックス、カート・コナーズ博士の変身した姿、リザードと、オズ・コープ社の頂上で死闘を繰り広げたスパイダーマン。なんとか勝利をものにしたスパイダーマンでしたが、大きな代償を支払うことになります。スパイダーマンを手助けしていたグエンの父ジョージが、リザードの手にかかり絶命してしまうのです。この戦いの直前、スパイダーマンの正体がピーター・パーカーだと知ったジョージは、薄れゆく意識の中でピーターにこう語りかけます....
「私は君のことを誤解していたようだ。この街に君は必要な男だ。だが、約束してくれ....娘のグエンだけは危険に巻き込まないようにと....」
涙ながらにその誓いを約束するピーターの腕の中で、ジョージは息をひきとります。
 
後日、ピーターの自宅を訪ねたグエンは、ピーターにこう語りかけます....
「なぜ、あなたは父親の葬儀に来てくれなかったの?」
そのグエンの問いかけに、ピーターはうまく返答することが出来ません。なぜならグエンの父ジョージと交わした誓いがあったからです。グエンのことを愛するあまり、ピーターは逆にグエンとの接触を避けていたのです。そんなピーターの気持ちを察したのか、グエンもまたピーターと距離を保つようになっていきます。
 
さらに後日.....学校でのこと。
相変わらず、ピーターとグエンとの間には、微妙な距離感があります。
授業が始まり、グエンの後ろに着席したピーター。
そして、独り言のようにこうつぶやくのです....
守れない約束もあるよね
その台詞を耳にして、思わず笑みがこぼれるグエン。
....THE END(終わり)
 
 
終わりじゃねーよッ!!(怒)
 
な....なんと、このピーター・パーカー、グエンの父ジョージとの間に交わした遺言とも言うべき誓いを、あっさりと破ってしまう暴挙に出るのです。ヒーローとしての責任感より、個人的な恋愛事情を優先させてしまう人間性。果たして、彼はヒーローに適した人間だと言えるでしょうか?。
 
さて、ここで今作のピーター・パーカー像について整理しましょう。
 1、長身のイケメンで、
 2、勉強が出来て、
 3、スケボーなんておしゃれなものを嗜んで、
 4、小銭もそれなりに持っていて、
 5、学園一の秀才である美しい女性と仲良くなって、
 6、その彼女に自分がスパイダーマンであることをあっさり白状して、
 7、それを個人的な恋愛に利用して、
 8、それでいてベン伯父さんを殺した犯人はほったらかしで、
 9、コナーズ博士が変身してしまうきっかけを与えた張本人であり、
 10、そして、グエンの父と交わした死の誓いをいとも簡単に破る男
 
とまあ、ざっとこんな感じになる訳ですが、
ぶっちゃけ、1〜8までは別にどうでもいいのです。問題なのは、9、10、です。
ここで注目すべき点は、コナーズ博士が化け物になってしまうきっかけを与えたのが、ピーター自身であるということです。ピーターが父の残した数式をコナーズ博士に教えなければ研究が進むこともなかったし、自身で人体実験をすることもなかったでしょう。怪人リザードとなったコナーズ博士の手によって殺されたグエンの父ジョージは、言うなれば間接的にピーターに殺されたといっても過言ではありません。つまりジョージの死に対する責任が、ピーターにはあるのです。だからこそ、ジョージとピーターとの間に交わされた約束はとても大きいものであるはずですし、ピーターは命がけでその約束を守る責任があるのです。
「スパイダーマン」の物語の中で一貫して伝えられてきたこと...
 
【大いなる力には、大いなる責任が伴う】
 
グエンの父ジョージとの間に交わされる約束は、正にピーターがヒーローとしての大きな責任を背負う場面であり、作品の中で一番琴線に触れる場面でもあります。にも関わらず、エンディングでこの約束をあっさり破ってしまうピーター。ヒーローとしての責任を放棄する暴挙とも言えるこのひと言を、なぜマーク・ウェブ監督は挿入したのでしょう?。オイラにはその意図がさっぱり理解出来ません。よくハリウッド映画界では、映画公開前に試写を行い、その反応によって結末を変更したりする場合があると耳にしたことがあります。ひょっとするとあのエンディングも、そうした経緯で作られたものなのではないか?、そんな風に勘ぐりたくなるほど、マーク・ウェブ監督らしくない、お粗末な演出だったように思います。とにかくオイラはそれまでそれなりに感動しながら作品を鑑賞していましたが、あのひと言によって、それまでの感動が一瞬にして吹き飛んでしまいました。


AMAZINGの意味を辞書で調べたら【驚くほどの〜、あきれるほどの〜、】とありました。
なるほど、確かに今作「アメイジング・スパイダーマン」は、あきれるほどの失望に陥った、まさかの作品となりました。「アメイジング〜」は、シリーズ化されるとのことですが、オイラ的にはかなり続編を観るテンションが下がりまくった結末でした。
ただ、そうは言ってもやはり気になるグリーン・ゴブリンの存在。
ヴィラン好きとしては、今後の動向に一応は注目はしておこうと感じた「アメイジング・スパイダーマン」でありました。
 
 

     スパイダーマン、登る!.jpg 
今作のスパイダーマンは、ビジュアルがとにかくかっこいいッ!。
CG技術の発達はもちろんだけれど、それよりもポージングなどの画作りのセンスが秀逸。ジェームズ・ホーナー師匠の音楽も素晴らしかった。それだけに、やはり最後のひと言は、余計だったなあ。あのひと言を許容出来るかどうか?で、作品に対する評価も変わってくると思います。
オイラは、残念ながら「ダメ!」でした(^〜^;)。

Amazing Spider-Man

Amazing Spider-Man

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: Sony Classics
  • 発売日: 2012/07/03
  • メディア: CD

御大ジェームズ・ホーナー師匠が、ベテランらしい仕事を見せつける今作のスコア。
実に素晴らしい音楽の数々、さすがです♪。
もちろん、ジェームズ・ホーナーコレクション入り決定!(^皿^)
  

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なかさにたなま

そこまでいう必要はないです。
確かにベン伯父さんを殺した犯人をほっといたのは驚きましたが、それは続編でたっぷりやるでしょうから今作は悪くない!!
なかなかの出来です!!!!!
by なかさにたなま (2012-07-16 01:08) 

堀越ヨッシー

なかさにたなまさん、はじめまして。
ご訪問&コメント、ありがとうございます!。
 
ベン伯父さんを殺害した犯人についてですが、終わりの方でデスクに指名手配の似顔絵が貼ってあったままだったので、きっと続編へと引っ張るんだろうなあ、というのはなんとなく推察してました。
 
一応誤解のないように言っておきますが、オイラは今作かなりお気に入りだったのですよ。でも、最後のひと言でそれをぶち壊しにされてしまった....それが納得いかないんですよ。あの最後の“ひと言”を別に台詞にしなくてもよかったと思う。例えばしぐさだったり表情とかだけでも、ピーターがグエンを守る!みたいな事は充分表現可能だったと思うんです。センスあるマーク・ウェブ監督がなぜそれをやらなかったのかなあ?と、それが不思議でならなかったのです。
 
なかさにたなまさんのアメイジング愛、しっかり伝わりました。
ありがとうございました!(^皿^)。
by 堀越ヨッシー (2012-07-16 07:02) 

すっぱいだーまん

昨日、観てきました。
僕はヨッシーさんに同意です。
スパイダーマンの原作を知らないまま前作、サム・ライミのスパイダーマンを観たので、僕の中の原作はサム・ライミなのです。

ただmixiの映画同好会コミュの中には原作を知ってる人もいて、『原作に忠実だ!』と言ってる人もいるので、テキトーに作った作品ではないことはわかりました。

原作では蜘蛛の糸って機械で出してるんですねw

前作のスパイダーマンは正体を簡単には明かさない孤独なヒーロー像だったのに対し、今回のスパイダーマンは『実は俺なんだよ』的に正体をバラして拍子抜けしましたw

あのアイアンマンでさえ正体明かすのを躊躇ったのにwww

続編は2014年公開みたいですね。
次はちょっと大人になったスパイダーマンかな?
今回は線の細いスパイダーマンだったので、次のスパイダーマンは前作のようなマッチョなスパイダーマンを期待します。
by すっぱいだーまん (2012-07-17 10:37) 

堀越ヨッシー

すっぱいだーまん、はじめまして。
ご訪問&コメント、ありがとうございます。
 
まあ、原作に忠実といっても、アメコミの場合原作が多数ありますので、忠実かどうかとかは個人的には別にどうでもいいんです。映画なりの解釈とか脚色があっても全然OK!なんです。
でも、今作のピーターの最後のひと言だけは、どうしても容認出来ませんでした。今作が素晴らしかったという方に、あの最後のひと言をどういう風に受け止めたのか?、逆にお聞きしてみたいですね。
 
映像的には素晴らしかったし、スパイダーマンも文句無しにかっこ良かったことだけは確かです。ただクレーンのくだりは、ちょっとあざとく感じましたけどね(^皿^)。
とりあえず、グリーン・ゴブリンのみが楽しみです。
by 堀越ヨッシー (2012-07-20 10:37) 

六月猫

初めまして、興味深く読ませていただきました!
今までの作品を見ておらず、今回の「アメイジング・スパイダーマン」でスパイダーマンデビュー(笑)した、いわば新参者です。

最後のピーターの台詞には私も「あれれ?それでいいのか??」と思いましたが、逆に「それでいいんだよなぁ」とも思いました(笑)
ピーターは一応「突然力を手に入れた普通?の学生」だし、ヒーローとは言え自分の感情を優先させてしまう未熟さがまた「人間らしい」というか…
勧善懲悪、自己犠牲、正義第一!の優等生なヒーローも大好きですが、人間らしさ・未熟さがあってこその「スパイダーマン→親愛なる隣人」かな、なんて(笑)
だからこそ、遠い存在じゃなくて、隣人なのかな、と。
それに次作での成長の伸びしろにもなりますしね(笑)

近くにスパイダーマンを語れる相手がいないので長くなってしまいました、すみません…
また面白い記事を期待してます!
初めましてなのに長々と失礼しましたー(^_^;)
by 六月猫 (2012-07-27 00:59) 

堀越ヨッシー

六月猫さん、はじめまして。
ご訪問&コメント、ありがとうございます!。
 
今回のリブート作品、今時の等身大の青年の姿を描いた青春物語としては、すごくいい感じに仕上がっていたと思います。そうした狙いもあって、マーク・ウェブ監督が抜擢されたんでしょうしね。
ただ、あの最後のひと言はやっぱり余計だと感じました。“未熟”というひと言ではちょっと済まされないレベル。例えるなら、未成年が重大犯罪を犯したあとで、「未成年だから許して下さい」って言われてるようなムカツキを覚えました。
でも、六月猫さんんも仰るように、今後のシリーズ化を考えたら伸びしろも必要なのかもしれませんね(苦笑)。
 
サム・ライミ監督の前シリーズも、アクは強いですが面白いので、是非見て下さい。
ありがとうございました!(^皿^)/。
by 堀越ヨッシー (2012-07-27 11:18) 

あぱ

はじめまして
だいぶ前の記事ですが今日映画をみてこの記事を見つけたんでコメントしてみました。

スパイダーマンは前のやつと話が大体同じなのかと思ってたんですが、内容も結構変わっていてなかなか面白かったです。

あと最後のひと言についてなんですが、日常生活をしていて授業に出て会っちゃうのは仕方がないよねって意味で別に約束を破るって意味じゃないんじゃないかと思いました。

たぶん次回作が出れば最後のひと言の意味がなんとなくわかるんじゃないかな思ってます。

では失礼しました。
by あぱ (2013-01-17 22:16) 

堀越ヨッシー

あぱさん、はじめまして。
ご訪問&コメント、ありがとうございます。
 
今回の「アメイジング・スパイダーマン」、ビジュアルが本当にかっこ良かったですね。ヴィランのリザードも、爬虫類好きにはたまらないデザインでした。
 
さいごのひと言に関してですが、観る人それぞれがそれぞれの解釈をすればいいんだと今は思っています。ただ、私はあの場面で台詞を言わせる事自体にセンスの無さを感じたのです。悲しい場面でキャラクターに「私、悲しい」と言わせるような演出センスの無さにがっかりした次第です。
映画にとって台詞はもちろん重要ですが、同時に映画とは画(え)で語るものだと私は思っています。ピーターがグエンのことを変わらず愛していることはすでに観客にはわかっていることですし、わざわざ台詞で言わせる必要はなかったんです。「いつでも見守っているよ」ということを言葉ではなく、行動で見せて欲しかったですね。
 
いずれにしても続編にはグリーン・ゴブリンが出てくるでしょうから、やっぱり見てみたいと思っています。記事の中で「最低!」と書きましたが、それはスパイダーマンを愛するが故の愛情の裏返しと捕らえて頂ければ幸いです。
 
コメント、ありがとうございました!(^皿^)/。
by 堀越ヨッシー (2013-01-17 22:58) 

マイティマウス

すみません、だいぶ前の記事ですが好きな作品で観返してレビュー検索してたどり着いたので。最後のピーターの台詞について私の意見です。長いですが読んでみて下さいm(__)m

まず描かれていることは何か。冒頭のシーンを思い出してみましょう父親とのかくれんぼです、このシーンはこの映画が父親探しの話であることを暗示しています。また敵であるリザードは失ってしまった腕を取り戻そうとしている存在です。これは父親を探すピーターの影の部分です。ピーターは作中父親を探すけれども失敗します。おじさんは死んでしまうし、グウェンの父親も死んでしまう。ピーターは失敗する事を通じてあることを学びます。それは「失ってしまったものは戻らない」という事です。

ピーターは「自分のことがだれかわかる?」と二回聞かれます。学校での喧嘩の後脳震盪を起こした時。オズコープ社の受付でネームプレートを選ぶ時。これは父親の不在がアイデンティティの欠如に繋がってる事を示しています。それは右腕を失った博士も一緒です。孤独な博士は犯罪者になってしまいます。ピーターは博士のようにはなりません。それはグウェンとの出会いがあるからです。グウェンの存在が父親不在の欠如を埋める役割をしてくれます。

ピーターは常に考えないで直感的に行動する人物として演出されています。スケートボードを校内で使うなと注意されるけど無視します。オズコープ社でグループから離れないでと言わるが気にしません。おばさんを迎えに行くのをわすれてしまいます。卵を買ってくるのを忘れます。しかし、ピーターは決して悪気があるわけではありません。大事なことを優先した結果、すこしの配慮が足りていないのです。これはピーターに足りない事です。この性格のせいで喧嘩をしたときは個人的な復讐じゃないかと疑われるし、スパイダーマンは犯罪行為として警察に追われます。しかし映画の中で成長しピーターは「ヒーローとして自覚的に行動する事」を学んでいきます。そんなピーターの姿をみて誤解はとけていき、最後には街に必要な存在だと言われます。

ボロボロになりながらもおばさんのために卵を買って来るシーンはとても感動的です。そしてグウェンの父親の約束では初めて大きく悩み、自分の感情を押さえようとします。しかし、そんなピーターの気持ちをおばさんとおじさんの言葉が変えます。二人はピーターは素晴らしい素質を見抜いています。それは弱き者のために行動できること。そして、リザードとなった博士を救ったように、自分の行動に責任をもって向き合うという事です。

二人の言葉に後押しされてピーターはグウェンを守っていく人生を選びます。その決断はとても感動的です。ピーターは父親探しを通して、「失ってしまったものは戻らない」事、そして失う辛さと恐ろしさを誰よりもわかっています。ピーターは父親を失ったグウェンを愛し守りつづける事を決意します。おじさんやおばさんが愛してくれたようにです。そして、なによりピーター自身やっと出会えた運命の相手を失いたくはありません。最後の言葉は英語では↓です

教師:Peter, don’t make promises you can’t keep,
ピーター:But those are the best kind

thoseはpromises you can't keep なので訳すと「守れない約束こそ最高の約束だ」です。
つまり破ってはいけない約束を破ってでも君を愛して守り続ける、それが最高の約束だって事なんですよね。これは自分が何者かということを自覚するから出てきた言葉です。この言葉はすごく強い決意を表しています。

ということで決して最後の言葉は演出として間違ったものではないというのが私の意見です。日本語訳は意訳なのでニュアンスが軽くなってる気はします。でも決してそうではないことをわかって貰えたら嬉しいです。長々とすみませんでした。まあでも個人的にはエマ・ストーンきゃわわで十分成立する映画だとおもってます(*´ω`*)

by マイティマウス (2013-08-02 15:25) 

堀越ヨッシー

マイティマウスさん、はじめまして。
ご訪問&コメント、ありがとうございます!。
 
非常に読み応えのあるコメント、興味深く拝読させていただきました。私は日本語吹き替え愛好家なので、作品を見る際は必ず吹き替え版で鑑賞しますが、マイティマウスさんのコメを読みながら、やはりオリジナルの英語版も見なければ駄目だな、と痛感した次第です。
 
「守れない約束こそ、最高の約束だ」...ですか。
なるほど、このニュアンスは吹き替え版ではちょっと表現しきれてはいませんでしたね。マイティマウスさんのコメを読みながら、そういう意味合いが含まれていたのか!と、目からウロコが落ちた思いです。
 
それを踏まえた上で、敢えて申し上げたいのです。
上記にもコメントしたように、わざわざ“その事”を台詞にする必要が果たしてあったのだろうか?、と。その事とはもちろん、ピーターがグエンのことをこれからも愛し、守り続けるだろうという事です。それは我々にはもう痛いほどわかりきってる事ですし、それを殊更台詞にして(しかも、それをグエンに聞こえるように)言ってしまうあざとさが嫌だったんですよね。そう、今作のピーターは自分の正体をすぐバラしたりと、何かとあざといんです。
マイティマウスさんの言葉を借りるならば、今作のピーターは直感で動きすぎです。むしろ何にも考えてないようにすら感じてしまいます。見方を変えれば、それは未熟な人間の姿であり、いかにも現代風の若者の姿なのかもしれません。ただ、そこに“親愛なる隣人”さを感じられか?と言えば、残念ながら私には感じることが出来ませんでした。

結局のところ、あの最後の演出を好きか嫌いか?って話になると思うんですけど、ちょっと私的にはダメでした。でも、こうしてマイティマウスさんのように「こういう見方も出来ますよ」と指摘して頂くことは、作品に対しての視野が広がりますし、また勉強にもなります。今回のコメントは、そういった意味で非常に有意義なやりとりになった思います。本当にありがとうございました!。
今一度、作品を見直してみたくなりました♪(^皿^)>。
 
因みに、私はエマ・ストーンより脇役のメガネっ娘に萌えてました(苦笑)。
by 堀越ヨッシー (2013-08-03 19:25) 

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